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ブルームからパースへの旅 Part1

ブルームで約2か月近く、ホテルとタイレストランで、
休みなしで働き、がっつり貯金できました。
バックパッカーの部屋で同じだったドイツ人とラウンドすることになりました。
彼も、ブルームで真珠の仕事でがっつり稼いだらしい。
お互い、パースに行きたかったので、一緒にいくことになりました。
彼は車ももっていたので、交代で運転することになりました。
楽しい旅になりそうです。

DSC07574.jpg

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ブルームで、おもしろい日本人との出会い

Broomでホテルと、タイレストランで働きました。
宿は、Broomにある、きれいなバックパッカーで、
約一か月過ごすことになりました。
部屋は4人部屋で、ドイツ人2人と、
南アフリカ人一人と同じでした。
すぐに仲良くなり、よく遊びました。

ここのバックパッカーは、本当に綺麗です。
バーや、大きな湾曲したプールもありました。

そんなバックパッカー生活で、面白いことがありました。
夜中、ここのバックパッカーの大きなキッチンは、、
夜中に閉まります。
夜、トイレに行こうとすると、キッチン入口で暴れている人がいました。
大きな声で、ヘルプーって叫んでました。
よく見ると、どうみても日本人でした。

僕:[日本人ですか? どうしたんですか?」
彼:「いえ、閉じ込められましてん」
おーそれも関西弁や!
僕:「どっからきたん?」
彼:「Osakaです」
僕:「へー」
彼:「いやいや、早く助けてください」

ということで、助けを求めようとしたら、
たまたま、バッパーのおじさんがでてきました。
おじさん:「What are you doing?」
彼「This door is closed.」
おじさん「You can open the door.」
といいながら、おじさんは、ドアをスライドしてあけてくれました。
彼は、ドアを押したり、引いたりしていましたが、
このドアは、横に動かすドアでした。
えー、空いてるやん(><;)

ということで、命の恩人として、すぐに友達になりました。
彼は、日本で宝石の仕事をしていたらしく、
Broomにきたようです。
Broomの街は、真珠の養殖が盛んな街で、
バックパッカーの多くの人が、真珠の養殖所で働いていました。
ぼくの部屋のドイツ人の友人も一人働いていました。
そんなこんなで、彼とも約一か月遊び、その後、一年後に、大阪で再会しました。
彼は、芸人のような面白い人でした。

Broom






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ブルームという町

ブルームで約一か月ほど働きました。
ついてすぐにアボリジニーのかたがいっぱいおられてびっくりしました。

ブルームにつく前に友人から、
日本人の女性が襲われ、お金をとられて、
強姦されたというのを聞いていました。
そのぼくの友人が第一発見者で、
保護したときには、顔がぐちゃぐちゃだったようです。
夜中、バイト帰りにみんなが送っていくといっていたようですが、
自転車だったために、大丈夫だと一人で帰る途中で襲われたようです。
そのほかにも、同じ容疑者に、フランスの方を含め、3人被害にあったようです。
たまたま、犯人がアボリジニーのかたでしたが、
やはり外国なので、夜中の一人歩きは注意したほうが良いです。

アボリジニーの方は、北部によく住まわれています。
Ayrの街でも同じfarmで働きました。
その方たちは、とてもやさしく良い人ばかりでした。

アボリジニーのかたは、遠い昔、オーストラリア大陸を侵略され、
国土を取られた経緯があります。
そのため、毎週保障のため、おおくの援助金がもらえるようです。
なので、あまり働かなくても生活がなりたっています。
ブルームの街も、夜中多くのアボリジニーの人が、
お酒に酔って、けんかしてたり、路上で寝ている人を多く見ました。
たまに声かけられ、なぜか2ドル貸してか、たばこ持ってないといわれます。
そんなときは、相手にせず、無視するか、ないといってすぐに立ち去っていました。
人間あまり働かくなるとよくないなあと、思っています。

あと、ワーホリ後におこったのですが、、
ブルームという町は、和歌山のイルカの漁が盛んなまちと、姉妹都市でした。
ですが、イルカ漁で非難がでた時、姉妹都市を解消されました。
その後は、どうなったかわかりません。
オーストラリアと日本、遠く離れていますが、
どこかでつながっているんですね。

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ブルームで働きだしました。

ブルームに着いて、友人の紹介から、
ホテルのハウスキーパーを、週に5日働けることになりました。
時給は22ドルです。
休日はダブルペイになるらしいです。
やったーー。

そこのホテルで知り合った、日本人の男の子が働いている、
タイの有名なシェフのお店で働けることにもなりました。
(^OO^)/
時給は15.5ドル、一日5時間勤務ほどですが、
なんと週7で働くことになりました。
とても料理がおいしく、有名人も多数訪れるらしいです。

厳しい店と思い働きだしましたが、みんな優しいです。
仕事前に、まずは賄がもらえます。
おまけに帰りには、朝食用にお弁当がいただけます。
アジアの料理はおいしいですが、
タイ料理は、格別にうまいですね。

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ブルームに到着!

ダーウィンからブルームにつきました。
バスで24時間かかると聞いていましたが、
バスが動いて20分後にバスが故障しました。
(><)/
バスが治るのに、結局2時間かかり、
ブルームまで約26時間かかりました。
おまけにバスの中は、ほとんどアボリジニーのかたで、
けっこうバスの中が大変でした。
疲れました。

でも、なんとかブルームにつきました。
思った印象は、とても小さな町で、暑いです。
バス停の周りが町の中心らしいですが、
住んでいる方のほとんどが、アボリジニーのかたのようです。
近くにバックパッカーズがあると聞いたので、
行くことにしました。
この先どうなることやら。


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ダーウィンに到着! 戦争記念館へ

ダーウィンに到着しました。
オーストラリアで最も北にある大きな町です。

あまり日本人がいなく、ケアンズより大きい感じがしました。
2、3日観光しましたが、
一番行きたかった、戦争記念館に行きました。
ダーウィンは、軍事基地があって、
オーストラリアが爆撃を受けた町として有名です。

オーストラリアは、良いイメージがありますが、
太平洋戦争中は、戦争で日本とは敵国だったのです。
当時のオーストラリアの大砲など、
戦争中の様子の写真が残っていました。

その中でも、当時の戦争上映会があり、中に入りました。
中に入ると、アジア人はいなく、
全員白人のかたでした。
上映がはじまると、日本軍が、
がんがんオーストラリアを爆撃している
映像を見ました。
始まってすぐ、おそらくみんなは私が日本人とおもっているだろうなあと思うと、
少し怖い感じがしました。
無事に上映は終わり、何事もありませんでしたが、
歴史を知ることは大切だと思いました。

今では、良い関係を気づいている日本とオーストラリア。
当時の歴史も知っていくことは大切だと思います。
ひょっとしたら、高齢のかたは、日本に良い風に思っていない方も、
いるかもしれませんが。

次は、ブルームという町にバスで移動することに決めました。
バスを予約しましたが、
なんと、バスで24時間くらいかかるらしいです。
そんなに長時間のバスに乗ったことはないので、
どうなることやら。

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シドニーからまたAyrへ

オーストラリアワーキングホリデー2年目が始まりました。
いろいろ予定外のことがおこりましたが、
シドニーで観光を終了。
そのあと、一年目にお世話になったAyrにいくことになりました。
バックパーッカーのマリーンと再会し、
そしてまた、前回働かせてもらったメロンファームで2か月働かせてもらうことができました。

今回の旅は、なるべく日本人とつるまず、多くの外国人と英語で会話し、
友達を作って旅をしていきたいと思います。

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ワーホリ体験記 セカンドビザの始まり

シドニー


オーストラリア2年目のビザをとることができ、
もう一年住むことができました。
オーストラリアで体験した経験を、
また紹介したいと思います。

関西空港から、まずシドニーにジェットスター航空で、
飛ぶことにしました。
到着してからの予定は未定。
久しぶりのオーストラリアにうきうきしていました。

飛行機で隣に座った日本人の方と友達になりました。
50代の会社を経験されているかたでした。
長崎からでてこられて、シドニーで短期留学している娘さんを迎えに行く目的で、
初めて一人で海外にいかれるとのことでした。

シドニー空港についてすぐ、社長さんが先に、
入国の手続きをしていました。
入国官の方に、「犯罪歴がありますか?」と質問され、
大声で「Yes」って答えていました。
係りの人もまじで? って困っていました。

えー (><;) あるんかいな?
すかさずヘルプに
犯罪歴あるんですか?
「ないですよ。この人、知り合いに会いにきたの?って聞いてるんじゃ」
なんなく、空港をでることができました。

その後、社長さんから、英語できないので、
よろしければ、ホテルまで一緒にきてくれませんか?
いいですよ。 予定ないんで。
ということで、マンリーというところに行くことになりました。
しかーし、結局僕が泊まろうとホテルを探しましたが、
どこもいっぱいで、泊まれませんでした。
そこで、社長さんが、娘とは2日後にあうので、
娘がくるまで娘のベットで寝ていいですよ。
ということで、2日間甘えちゃいました。
2日後、娘さんとも会い、3人で遊びました。
その後、ぼくはタスマニアに飛ぶことに決めました。

まさか、飛行機でとなりに座った人と、
一緒に泊まることになるとわ。
ほんと、旅は何があるかわからない。
だから、楽しい。旅はやめられません。
(^^)/


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ワーホリ2年目に向け

日本に帰国して、
約一年働きながら、再度ワーホリのための準備をしてきました。

一年目のビザは、エージェントに頼みましたが、
今回はすべて一人でやることにしました。
しか~し、オーストラリアのセカンドワーキングホリデービザを申請しましたが、
なぜか却下。
内容を読むと、あなたは農業に従事していませんと、
返事が。

いやいや、こっちは8か月は農業したぞー。
何言うてんねん (怒)
証拠も添付してるがな!
そのあと、何度もワーホリ機関と英語でメールでやりとりしました。
最後に、「私は働いたのにビザを出さないのは、犯罪ですよ?」
「オーストラリア政府、日本の国際機関に問い合わせしますから」
と、メールしました。
すると、数日後、ビザおります。って、メールがきました。
(^OO^)/ 向こうはかまかけてきたのでしょうか? 
言ってみるものですね。

オーストラリアのセカンドビザですが、
ビザ申請には、農業で従事した証明書がいります。
雇用主に、やめる前に書類をもらっておきましょう。
また、ぼくは一度日本に帰国して申請しましたが、
オーストラリアにいた状態で、継続される人もおられると思います。
継続されるかたは、エックス線の健康診断もいるので注意しましょう。
また、継続するまでに、時間がかかるので、一年目のビザぎりぎりの
かたは注意してください。
場合によっては、2年目との間に一年目のビザの猶予期間として伸びる場合があります。

ビザ申請には、英語のサイトで申請する必要がありますが、
ぜひ、自分でチャレンジしてみてください。

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ワーホリ一年目終了

オーストラリアをワーキングホリデーを利用し、
約一年滞在しました。
帰りにバリ島で遊んで、ついに日本に帰国しました。
バリで半月もサーフィンしたので、
顔が黒人のかたのように真っ黒です。
バリの空港で、ナルとしゃべっていると、
日本語どこで勉強したんですか?
それも関西弁うまいですね~って、声かけられました。
いやいや、日本人ですがな。
こんなに日焼けしたのは初めてです。

帰国となりましたが、オーストラリア滞在中に、
実家が引っ越ししたので、
日本についてから、詳しく実家の場所を聞いて、
無事到着できました。
次の旅の間、日本で少し休むことになりました。

そして、約一年後、またワーホリ2年目に突入します。
2年目は、ほとんど日本人と行動しなかったので、
英語がかなり伸びました。

ワーホリ2年目の海外旅行記も、ブログに更新して
いきます。 (^^)V

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Welcome
プロフィール

たこ

Author:たこ
ども 管理人のたこです。

ワーキングホリデーを使い、
オーストラリアで2年過ごしました。

はじめは、全く英語ができませんでしたが、
話したい一心で、英語を勉強しました。
その後、ニュージーランドのホテルに
就職しましたが、大地震を体験し、
永住権もとる権利もなくなりました。

過去の経験から、
ワーホリ事情、海外への就職体験なども、
紹介していきます。

是非情報交換しましょう。
よろしくお願いします。


まず英語力をつけましょう。

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